2017-07-11

NEOTAO〔1〕「はじまりはぼんやり」

NEO
原口 舞 / はらぐち まい/しんちゃん / 舞ちゃん

大阪出身。個人ではドローイングなどを描いている。
http://maikitsune.tumblr.com


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TAO
織田 桃子 / おだ ももこ /ももちゃん

ひいお祖父さんは貝殻で絵を描く人、
祖父も絵を描くのが好きでした
私は勉強や運動はトンとできない子でしたが、 " 図工 "が大好きでした
(好きなだけで特別上手ではなかった)
子供の頃にNHKで流れていた、
大貫妙子さんの歌「メトロポリタン美術館」と不思議な映像、
あれから妙なスイッチを入れられた気がしています

2008年〜jewelryを製作してます
TAO XIANG UOO
taoxianguoo.com

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NEOTAO(以下ネオタオと表記)がミミヤマミシンで初めて展示をしてくださったのは2012年10月の「hahaー母がくれたデザインソース 昼下がりのTeaRoom」というタイトルの展覧会でした。その前からcaloの石川さん(*1)やponcotanの堤さん(*2)からネオタオの噂は聞いていて、おもしろいんだろうなぁと思っていました。その後ミミヤマでの展示をキッカケに ネオタオの2人とも一緒に遊んだりなにかと関わったりしてきましたが、ここで一度じっくりとネオタオ観察をしてみたくなりイソタビューをお願いしました。

text_Tomoko Soda


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〔 1 〕 はじまりはぼんやり

──私の中でネオタオは流行とかブームではなくて、それらも含んだ"文明"のような感じなのかなと思っていて、メソポタミア文明でもいいですが今の自分には直接の影響は感じられないけど、それは確実に存在してて、関わる関わらないは関係なくあるというか…メソポタミア文明はチグリス川とユーフラテス川流域発生した世界最古の文明ですが、ネオタオはどうやって発生したんでしょうか?

N(舞ちゃん・しんちゃん):   特にかがけてるものとかコンセプトとかはないよね…だから展示が決まったら何をするか考えるとか、石川さんは提案もしてくださってタイに関する展覧会になったんですけど。だからその場その場で決めていく感じです。メソポタミア文明も何してたか知らんけど、そこにあるもんとかを採ったりして食べてたんじゃないですか?

T(桃ちゃん):   いつも展示させてもらう時にネオタオの紹介文とかどうしたらいいですか?って聞かれるんですが私達もわからなくて…こういうのやっていきたい!とかがいい意味でなくて。

──2人ともそれぞれ1人の活動もされてますが、それとネオタオの違いとかはありますか?

T:   息抜きっていうか。自分でやっているTAO XIANG UOO(タオシャンウー *3)は結構アタマつかうんです。でもネオタオでは絵描いたり本作ったりもするし人ももう1人加わるので。よく誰かとやってて方向性とか意見の食い違いとかでやめちゃったりするグループとかもあると思うんですけど、そこはホンマにお互い好きなことやって(展示のとき)当日持ってきて「よっしゃ、やろかー」みたいな。

──使うアタマが違う感じですか?

T:   私はそうですね。タオシャンウー(以下タオ…と表記)の時は何から何まで全部自分1人でやりたいというのが強すぎるんです。もともとファッションとかデザインに興味があってやっていく中で私はすごく頑固で、こうあるべきとかこれはやりたくないとかが強くある方なんですが、ネオタオでは不思議とそこがスコーンと抜けれていい適当さでできる。それはしんちゃんとだからだと思います。他の人とだと多分こうやりたいっていうのがでてくるんちゃうかな。

N:   ネオタオでやる安心感はありますね。しかもお互いに対して「それはないわ!」とかないし(笑)いいやん!いいやん!いいやん!って感じで。

──展示が決まってからは2人で作ったり途中で見せたりするんですか?

T:   しんちゃんの絵と私の写真を交換してそれに何か付け加えるとかはあるんですけど、途中で見せたりはほとんどないですね。

N:   しかも(交換するのも)郵送とかやしな(笑)

──緒にやろうとなったキッカケはあったんですか?

T/N:   …………………。

N:   最初私が展示やってて、桃ちゃんはまだ個人での活動はしてなかったんですけど、どうしても手作り本作って渡したい人がいてそれを一緒に作り始めたのが最初かな…。それで(caloの)石川さんが展示したらってゆってくれはったんやったかな。



-------ここで私の携帯に電話。イソタビューさせてもらっているにも関わらず電話で話す私。ごめんなさい!その間も2人は最初のキッカケについて思い出し中。-------



T:   しんちゃんがカロで個展してた時(*掛舞のらくがき展/2008年@calo)、ネオタオってゆうのやってるんやったら展示したらってゆうてくれはったんやった?

N:   その時はまだ(ネオタオ)やってないで。で、やることになってネオタオって決めたんちゃうかった?石川さんに聞いてみよかな…

T:   なんか瀬戸内に旅行したやん。あの時ってどんなんやった?

N:   あん時はただの友達やった。

T:   あー、そか。なんかめっちゃ手紙のやりとりしてたやん。あれの延長線上って感じやったんかな。石川さんにプランができたら持ってきてっていわれたんやったっけ。どうやったっけー???



-------ここで電話終わり。ほんとすみませんでした。-------



N:   ちょっと曖昧なんですけどcaloで展示させてもらうことになってかつどうが始まった感じです。

T:   ずっと2人で写真とか絵の交換したり、この本が好きやねんとか音楽とか、そういうやりとりをしてたんです。

──それはネオタオする前ですか?

T:   そうです。

N:   caloで最初にやった時も、これからネオタオでやっていこう!とか結成したで!みたいなんもなかったよな。なんか相手の考えてる事にめっちゃ興味あるってゆうよりか、一緒に何かやるとかも思ってなかったから、面白い友達と思ってたんかな。

T:   そうなんかなぁ…(笑)



*1 caloの石川さん…calo Bookshop & Cafe:大阪・肥後橋にあるビジュアル書専門店。カフェとギャラリーも併設。1人で切り盛りされている石川さんのカレーも美味しい!
<ネオタオのcaloでの展覧会>
2009年/ <home>morie
2010年/「Thaiの惑星 イープンちゃん」
2013年/「come back!! イープンちゃん」「パヤタイ」
www.calobookshop.com

*2 ponkotanの堤さん…poncotan[ぽんこたん]:雪深い新潟県南魚沼にある、小さな出版社エディション・ノルトのアネックス施設。2016年末まではギャラリーとして多様な企画を開催。オープニング展示は、NEOTAOの「あいあくお」展。壁一面に古いマッチ箱とドローイングを貼り巡らし、おみくじを引くように、そのマッチ箱に入った作品を購入することができた。おみくじというモチーフは、同店が神社の参道沿いに建つことに由来する。
また、2017年初夏からは、滞在型の手作りジン制作ラボラトリーとして始動予定。大型レーザープリンタを始め、各種製本設備が整っている。(*この文章を書いてくれたのは堤さん)
http://poncotan.org

*3 タオシャンウー:2008年よりスタートした織田桃子によるジュエリーのブランド。
taoxianguoo.com



(写真: NEO)

(「NEOTAOによるあいあくお/poncotan 2014)


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NEOTAO〔5〕「NEO不思議」

──両極端にバランスをとって実感している桃ちゃん。舞ちゃんはそういうのはありますか?

N:   そういうのやったらあるって思った!今。

T:   ほんま?ふぅん。

N:   力入ってるとこがあるわ!不思議なことを追求したいってところに力が入ってる。私。

T:   そういう力の入れ方…(笑)

N:   そういう考え方かな。

──舞ちゃんの不思議なことって何?

N:   えーと、難民が多いってこととか問題になってて(その問題がなくならないこと)そういうことも不思議っていうか、不思議と思うことじゃないのかもしれないけど、結局1つ1つ考えて自分が不思議に思っていることを解決できたらその謎も解けるかな、と思ってる。

──それはどうしてこうなるんだろう?っていう不思議?

N:   何かが起こっていることに対する不思議っていうよりかは…なんていうんやろ、何でこんなことが起こるんだって思ってるんじゃなくて、なんかいろんなことに余白みたいなのが自分の中にないとそれにアプローチもできないなと思ってる。そのひとつがネオタオかな。まとめたけど(笑)。

T:   その不思議は現実に起こったことの話?理解できないこととか?何でこんな人がおるんやろ、とか。明るい話も含めて。

N:   それが人に説明できるようなこともあれば、桃ちゃんにやったら言えるかもしれんけど、非現実的なことも含めてあらゆる不思議のことについて肩に力が入ってると思うわ。なんか急に勉強せな!とか思ったり。

T:   勉強せなって?何かの?あ、なんか天狗のことめっちゃ調べてたときあったな。

N:   そうそう、あれはリクエストがあったんやったかな。

T:   あぁ…でもこういう話できるんが貴重な存在っていうか。しんちゃんのさっきゆってた余白がどういうことかわからへんけど、余白とか余裕とか共感とかできる時間がないと、現実の世界に対応するだけになっちゃうと物足りないというか寂しいというか…

N:   桃ちゃんは何かするってなったらすごい頑張り屋さんやから、力抜くっとか考えなあかんのかもな。

──今回私のネオタオを知りたい!という気持ちから(ネオタオは)どうやって始まり、どこへ行くのかを聞こうと思っていたんですが、そういうのが無い、というか無いからできるっていうことを際立たせましたね…

T/N:   そうですね…

──コンセプトに惹かれてとかできた経緯が好きでとかで興味を持つこともあるけど、ネオタオの場合そうではなくて…

T:   そう思ってもらえると気が楽です(笑)

──ネオタオは少なくとも自分たちのためにやっているという部分があるから、観てもらうためとか買ってもらうために作ってない、とは言わないけど、それよりは桃ちゃんやったらタオシャンウーと両立させるために必要なネオタオであったり、舞ちゃんにとっても…ちょっと、ごめん、さっきの話はまだわからないですけど、必要であるところのネオタオがみんなを楽しくさせてくれるのかなーと。なのでどうしていくかが決まっていなくて当然かなと思います…けど。いいでしょうか、こんなんで。何か訂正あれば言ってください(笑)。

T:   でもネオタオについていろいろ聞いてくださったけど、そうじゃない個人的なところでしんちゃんのこんなんが好きで、とかこの色が好きやねんとかっていう会話だけの方が面白い気がする。

──えぇっ!えーと、それは…

T:   ネオタオを説明するときに、この先どうやっていくかとかよりは、なんか…

N:   海の中の動物やったらどれが好き?とか?

T:   とかー。そういうことばっかり喋ってるから、そういうの聞いてもらったほうが面白かったかも。私達も謎な感じでやってて、コンセプトもいい意味でないんで…今も喋りながらなんでやろって思ってて、そこが全くカタチが見えない話になってしまって…

──それがよく見えて良かったですよ。

T:   でも、コレ文章にするのめっちゃ大変でしょ(笑)

──それでいいと思います。書きやすいように聞かなかったし。(ネオタオにとっては面白くなかったかもですが)いいでしょうか?”わからない”はイソタビューのテーマですし。  では最後に一言お願いします!もう、なんでもいいです(笑)

N:   2人とも小さいものが好きなんで、なんかおっきいものも作ってみたいなって今思いました!

T:   おー。

──んー。ではタオさん。

T:   私はどっちかというとプロデュースが得意で、プラス、しんちゃんの打算的でないものの作り方を尊敬してるし好きなのでそれをやってみたいです。っていっても、しんちゃんに言ったことなかったから嫌やったらいいねんけど(笑)見せ方考えるのが好きなので。ネオタオでは、そうやなー、大きいのいいかもね。全部大きいもの。

──全部大きいもの(笑)

N:   全部大きいティーカップとか!

T:   そやな。マイペースでやっていきます。

──なんかちょっと今ネオタオへの質問の仕方がわかりました。

T/N:   えっ。

──さっきみたいに大きいもの作ると聞くとすぐに私はどれくらい大きいもの?って聞きたくなるんですけど、それは野暮で、そういうことではなくて、ネオタオが大きいものっていったら、それはもう…大きいものっていうことですね!(笑)それでいつか「あぁ、これがネオタオの言ってた大きいものか…」っていうのでいいんかなーってことで。あくまでネオタオに関してだけですけど。ではいつかネオタオの作る大きいものを見れるの楽しみにしています!ありがとうございました。

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(NEOTAO  イソタビュー  了)

(写真: NEO)

2016-09-11

船川 翔司さん〔4〕「自作自演観光地」

──今はどんなことをやってるんですか?

船川:  最近始まったわけじゃないんですが、よくわからない観光地をつくりたいなっていうのがあって…

──んふふふふふ

船川: 一番最初にやった失敗作があるんですが、都島に赤川仮橋(あかがわかりばし)って100年くらい前に作られた木製の橋があるんです。線路の横をチャリンコで通れるようになってて、いい橋やなと思って夜中とかよく行き来してたんですが、閉鎖されるっていうんでその橋の下でお葬式してみんなに来て欲しいなと思って「場所」というタイトルでイベントをしました。橋の下にはいろんな人達がいてカラーギャングの若い男の子とか…

──カラーギャングって?

船川:  なんかバンダナ巻いてエアーガンとか持ってて、そこを基地にしてるみたいでした。あと、畑やってるおじさんとか。面白かったのが、橋の下に防犯カメラがあったんですよ。木に引っかかっててもちろん電気通ってないからただかけてあるだけなんですけど。で、そこに道が作ってあって入っていくと、木とか藁で谷が作られててそこに板の棚があって川に漂流してきたようなものが陳列されてるんです。で、奥からおじさんが出てきて「ワシが伊丹空港作ったんや」って言って(笑)置いてあるものの説明してくれて、すごい面白かった。で、その場所を全部紹介したいなと思ってまぁやったんですけど。
一番最近では天下茶屋の廃工場でやったんですが、そこは最近知り合った詩人の男の子のお祖父さんのおかき工場でいい場所だったんでここで何かしたいなと思いました。展覧会って形したんですが、最初にその工場とか天下茶屋の歴史とかを調べてたんですがそれを踏まえて何か作るというのが、気持ち的にゲンナリしてきて…。で、詩人の彼とあと3人作家を誘って、時間をかけていろいろ喋りながら(直接その場所には関係ない話題も含めて)その場でできた物を作品として置いてみる、ということをしました。場所とか今までの歴史とは無関係だけどその場所に馴染んであるものが見える方法があったら楽しいなと思ってて、いろいろ企画して伝えるんですけど難しいです。

──船川さんの興味としてはそういった場所(橋の下とか廃工場)と、そこに居て在るというようなこと、何か関係を持つとか作るというようなことがあるのかな。

船川:  そうですね。橋の下でやったのは、ほんとに何もないただの日常の光景に僕が点を打って人を案内して連れてきただけです。「日曜日のお休みみたいやったわ」って言ってくれた人がいて、いい意味でも悪い意味でもあると思うんですが作品なのかなんなのかってことも含めて、僕には気持ちいい感想で嬉しかったです。

──船川さんがそれでしたことは、その案内だけってことよね?

船川:  そうです。自分の橋に対する思いの丈と地図を載せたチラシ作って配ったりSNSも使ってした案内が僕のしたことです。

──全く知らない人も来ましたか?

船川:  来ましたね。全部で15人くらいかな。アクセスの悪い所だったのに来てくれてびっくりしました。

──みんなどんな気持ちで来たんやろねぇ。船川さんのこともその橋のことも知ってたり知らなかったりでしょ?

船川:  ねぇ。でもみんな山奥に来たような気がしてきたのか魚採ったり、うろうろ探索しだしたりして楽しそうでした。

──河べりとかってそういう作用があるかもね。では最後に…。今までお話を伺ってきたなかで、船川さんの通ってきた場所とか環境とか生活とか人とかが今の生活や制作に繋がっているのは間違いないと思うんですが、そういった一連の流れとは一見全く関係ないのになーんでこれが気になるんやろ、っていうものがあれば聞かせてください。

船川:  あーまたすごいこと聞くなぁ…難しいなぁ。いや、あるんですけど、どれがいいかなぁ。

──あ、結構あるんですね。

船川:  パッと浮かんだすごく言いたい話はあるんですけど、それ文章にならないと思って…(ずーっと沈黙で考え中。ビールをすする音だけが聞こえる…)

──あのー、少なくとも今日聞かせてもらった話のこと、石・河・インドで相撲…みたいな流れからしての全く関係の無さでいいんですよ。この流れできてこういう人なのかと思いきやアラっ!ってくらいでいいのよ。

船川:   あ!そうですか!だったら最近楽しかった話が!今、僕大工さんみたいな仕事してて一緒にしている職人さんですごいクセのあるいいおじいさんがいるんです。なんかする時とか段取りつけようとする時に必ず「フーフフーフフー(音程付き鼻歌)」ってゆってから動くんです。で1ヶ月くらい一緒に仕事してたらどのタイミングでゆうのか僕、段々わかってきて、ある日昼ごはん食べ終わっておじいさんが寝転がってる時に、あ、このタイミングで言うなって思って見えない所から先に言うたったんです。「フーフフーフフー」って。そしたらおじいさんちょっとうろたえてパニクって「フ…フッフー」みたいなんになって。こんがらがってはった(笑)ちょっとしたイタズラですけどそれが最近楽しかった話です。

──あははは。船川さんから見てそのおじいさんは体のどこの病気?

船川:  はー、何でしょうかね。間の病気かな。緊張感のある人なので間を自分で保てる距離をちゃんとつかめないと慌てる。それを僕は邪魔をしたんです。

──おじいさん何か言ってはった?

船川:  中途半端になってしまった「フッフー」しか言ってなくて、僕は笑をこらえるのに隠れました。

──アレ?俺言ったっけ?ってなったやろうねー。  間の病気って(笑)。きれいにまとまらず変なところに着地できて良かったです。ありがとうございました!

船川:  あー良かった(笑)ありがとうございました!

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(船川翔司さん  イソタビュー  了)













poehumのウェブサイト:http://poehum.tk/tablet/index.html


2016-08-31

船川 翔司さん〔3〕「間違えてわからない いいおじいちゃん」

──何人かで一つのものを作るとか、自分の作品制作に人の手を借りることはありますか?

船川:  いくつかあります。わかりやすいのだと、絵描きの友人と特に美術には関わっていない友人と僕の3人でやったのがあります。3人の共通点は相撲好きということで、会うといつも相撲の話してるんですが、ある時朝までずっと相撲の話してて、でモーニング行って相撲の話して、5軒モーニングのハシゴしたんです。友人の家が新世界(※2)にあって昼過ぎてもずっとモーニングやってるんですよ。5軒目の頃には3時くらいになってて。その時に自分がずっとやりたかったこととか、3人でインドとか旅行したいって言ってたこととかが一緒になっていったんです。   僕が以前インドに行った時にクリケットの試合を観たんですけどルールが全くわからなくて。でもまぁ観てたんですがあまりにもわからないので、自分で勝手に作ったことに当てはめて、そういう事をしているって風に観ようと思ったら大喜利みたいですごく楽しかったんです。で、それを逆にしてある程度ポピュラーな相撲を全然よくわからないものにして、その間違った相撲をインドにしに行こうという事になったんです。で、その3人でインドの川辺の街に1ヶ月居て毎日2回相撲をとりつづけるということをしに行きました。

──間違った相撲の"間違った"はどんな風に間違ったんですか?

船川:  3人でどう間違えるかって話はしてたんですけど、あまり何も考えずに行って最初に土俵みたいなものを作ってたら、(地元の人が)「ここは牛の通り道だからこうした方がいい」とか、衣装も仰々しく歌舞伎みたいなのにしようと思ってたんですけど、(地元の人が)「腰の辺りに太陽の飾りを付けるのは失礼だからこうしろ」とか(地元の人が)「こうしろ」とか「こうしないとダメだ」とか「おまえたちの相撲なんだったら」みたいにどんどん口やかましく言ってきてくれるんでどんどん間違えていって…。

──わざわざ考えて間違えなくても勝手に間違えられた。

船川:  そうそう。最終的に3人ともケガしまくってて最後の1週間はほぼ尻相撲だったんですけど、その間に子供の土産物屋が「お土産売りたいねんけど…」って相談してくるから、「じゃぁ合間に売ったら?」みたいになってて。

──観客がいるわけですか?

船川:  そうです。毎日やってたら人が集まってくるようになってて、お土産売りたいとか、牛を連れて来たいとかいろんな人が出てきてそういうのも含めての"相撲"なってて。それもちゃんと広められたなぁって思ったのはあと5日で終わりくらいの時に夜散歩してたら街の青年たちが、相撲の真似してて、牛の通る道とかもじぶんで作ってやってて。「わ!やってはる」って。

──すごい!流行ってるかも!  それはずっと3人でやってたんですか?

船川:  最初は3人でやってたけどやりたいって人が出てくるようになって、「じゃぁ6人でやろっか」みたいなのもありました。

──6人で一気にとるの?

船川:  そうです。でもずっと人の股の下をくぐってる人とか、「この人何してんねんやろな」っていうことがしょっちゅうあるんですけど、なんとなく勝者が決まって祝詞みたいなのもあげてました。

──行く国で全然違う間違った相撲になりそう。

船川:  そうですよね。アフリカとか行きたいです。

──共通のわからなさをある程度共有している3人だと、そうやってどんどん膨らんで行きそうですね。でも例えば(制作を)手伝ってくれる学生とか全く知らない一般の人なんかに船川さんが自分の作品について説明しなくてはならない時なんかは、そういったわからなさをどんな風に伝えるんでしょうか?

船川:  うーん、どうだろ…ちょっとわからないけど、仲良くなるとか…

──「相撲でもとろかー」とか。

船川:   (笑)自分のやる事の場合は相手とある程度の時間が重なってないとやりにくいかなぁ。

──ことばで説明するのではなくて…どうすれば仲良くなれますか?

船川:  なるたけ同じ時間を過ごすとか…仲良くなれたなって思える瞬間がいろいろあると思うんですけど、お互いの恥ずかしいところを見せ合えたとか。でもどうだろう…(よく考えて長い沈黙)
この人はどういう病気持ってるのかなっていうのは見ながら思ってしゃべることは多いです。しぐさとか見て、こんな病気を持ってるんだと思って好きになってその病気をもっと見せてもらえるように働きかけるっていうか。

──病気って身体の病気?心臓が弱いとか。それともその人特有の偏りみたいなもののこと?

船川:  どっちもですね。

──そういうのは何から感じとれるの?しぐさって言ってたけど…

船川:  そんな気がするんです。僕が喘息もちなんでその喘息もち特有の面持ちというか趣きがあるような気がするんで。あと喘息もちの気分とかすごい面白い。同じ喘息もちの人と話してたりするとよくわからないけど通じる感じとか、そういうのがお互い見えると仲良くなれたっていうか、どこに根を張ってるのかわかると相手をちゃんと見れるようになって、引き出せるようになって…っていうのはあると思います。でもちゃんと伝えないといけない時とかどうだろう…

──そんな風にじっくり時間をかけることができない場合は、ある程度は言葉も必要だと思うんですが、船川さんならどんな言葉を使うんでしょう。当然そこで「あなた身体のどこ悪いんですか?」だと全く違うしねぇ…

船川:  (笑)(一緒に制作してもらう場合は)「あんまりキレイなものとか想像しないでください」とか「カタチになっているものとか想像しないでください」っていうようなことは言ったことがあるかもしれないです。さっきも話したように象徴付けるのが苦手でそういう向きにはいきたくないので、決まったカタチがあるようなものにはならないと前もって言って、スタートしていく時に何か面白い瞬間があれば教えてくださいとか、自分が相手に仕掛けたことに対してレスポンスがあればあぁこの人はこんな反応するんだなって思うとそこから組み立てていけるというような感じですかね。

──やっぱり、いいおじいちゃんだなぁ。

船川:  やっぱ、じいちゃんですか(笑)

──人と一緒に作るのは好きですか?

船川:  そうですね。最近まで好きだったんですけど、今はまた1人の方がいいなと思ってきてそっちが多くなってきてます。




※2:  新世界は大阪市浪速区恵美須町に位置する繁華街。中央やや北寄りに通天閣が建ち南東部にジャンジャン横丁がある。

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〔4〕「自作自演観光地」に続きます。


https://m.youtube.com/watch?v=Qe_uHphs5MU

2016-08-18

船川 翔司さん〔2〕「藁の家が飛んでいって初の清々しい体験。からの…」

──美術に興味を持ったのはいつ頃なんですか?

船川:   もともと絵を描くのが好きで高校生の時美術部に入ったんですが、先生が面白くて仲良くなっていろんなことを教えてもらっているうちに、この体でやっていい事がたくさんあるんだなと思って。それで高校生の時も石を集めてたんですけど、その石を壁が埋まるまでずっと投げてそれをビデオで撮ったりしてました。あ、でも今思い出したんですけど、一番最初にした清々しい経験を…。
僕、九州の生まれで熊本に住んでた時、家の裏に藁がたくさん積んであって、記憶が曖昧なんですがずっと地平線の方まで藁ばっかりっていうような広大な所で、その藁でテレビとかテーブル作って友達と秘密基地を作ってたんです。よく台風が来るんですけど、そうなると半ノラの猫とか家の中に入れて窓とか板打ち付けて一日中台風過ぎるのを待つんです。で、過ぎて外出ると藁の基地が何にも無くなってるんですよね。それもすごく清々しいなーって思ってたっていうのを今思い出しました。幼稚園くらいの時かな。

──わー、無くなってる!ってガッカリするよりはスッキリ。

船川:   そうですね、おぉ、なんかすごいことになってる!みたいな。

──自分で作って自分で壊すんじゃなくて、何か別の出来事がやってきて無くなっていったというような。

船川:   そうそう、人を超えた何かすごいデカい力があるなって感じがあったのかもしれないです。

──たまたまそこにあっただけで、わざわざ壊れやすいもので作ったというのでもないもんね。

船川:   そうですね。壊したいわけでもないので。

──それを清々しいっていうのが、なかなか…おじいちゃんやね。

船川:   (笑)そうかもしんない。そのエピソードから考えたわけじゃないけど、何かする時に考えてることで、どこから始まったかよくわからないある出来事があって、そこに没頭していく感じが好きなんだと思う。一つの物語みたいに地続きに時間が流れていって結果こうなったからこれが大事なんだよってことより、バンっと何かが立ち上がってきてそれが大事って思う感覚の方が好きなんだと思います。

──じゃぁ、この間のライブでやってたのは、そういうことを全部自分で再現しているっていう感じもあるのかな。最初の状況もある程度自分で作って…

船川:   うんうん

──で、飽きて(笑)。そういう状況…環境…が自分の中でコンパクトに起こっていると。

船川:   そうなんだと思います。それがうまくいくと嬉しくて清々しくなるんだろうな。

──ミミヤマでのライブの時も5組くらい出演されてて、その中に船川さんがピョンといるとみんな、ポカーン  みたいな感じで。

船川:   はははは

──「へぇー…え?」ってなってましたね。で、何かすごく"わからない"をやってる人だなぁと思って見てました。私の中で"わからないをやっているよく知らない人"なのでぜひインタビューしたいと思った次第です。

船川:   すごいですね、それ。

──船川さんは自分の知らないとかわからない事に寛容ですか?

船川:   あ、うん、そうだと思います。

──今まで話してくださったエピソードから言うと、「なんでこうなってしまったんだー」というか原因について考えることはありますか?

船川:   もちろんあります。けど、あーどうかなぁ…あんまり考えないかな。(作品に関しては)ある程度わからなくなるような狙いも自分でつけてたりもするので、「よくわからんことになった!」って嬉しくなるかなぁ。

──その、わからなさとか偶然が起こるように、どのくらいというか何を作るんですか?

船川:   それはすごく単純なことで、象徴的なものが読み込めるような要素があれば、それは取り除いてモノだけがただありますよって状態でスタートすることです。

──象徴的というのは例えば…

船川:   (前回のライブだと)あるものを立てようとしているけど、それが別のものによって壊され続けて立ちませんってなると、なんとなくそういう象徴的なものを思い浮かべるかも知れないけど、ただ回ってるものと丸い筒とか薄い板がある状態をそのまま伝えるために、なるたけそういうことを読み込めないようにしようとします。

──モノがそれぞれ何かを思い起こさせるのではなくて、モーターはモーターで仕事してる様子を淡々と見せるというような。モーターの先に何か付けてありましたよね。

船川:   家で試してたんですけど、モーターの先にこれくらいの重さのものを付けたらヘンな動きするなってわかって。で、適当な重さのものを付けてたんです。

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〔3〕「間違えてわからない いいおじいちゃん 」に続きます。


2016-08-10

船川 翔司さん〔1〕「石とランドセルと橋で清々しい」

船川翔司  
1987年鹿児島種子島生まれ、大阪在住。展示やパフォーマンスを中心に活動中。淀川河岸の故赤川仮橋を弔う『場所』や『インドで間違った相撲を広める』など。2016年には元製菓工場の山本製菓を巡る『Poetry Humming』開催。

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イソタビュー3回目は私のあまりよく知らない人にしてみようと思っていました。「あまりよく知らない人」などどれだけほどいるでしょうか…。でも、そう思ったとき船川さんを思い出して偶然にもミミヤマにふらっと遊びに来てくれました。あまりよく知らない人にイソタビュー初級編です。写真は全て船川さん提供です。

text_Tomoko Soda


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──船川さんとお会いしたのは、ミミヤマミシンで2014年と15年にナランチャさん(ゴミ箱ベーシスト)の企画したライブに出演されていたのが最初でした。最初のライブでは笙を演奏しながらポップコーンを作るというのでしたね。(※1)で、去年はえーっと何か回ってましたね。

船川:   外で救急車のサイレンを鳴らしながら、扇風機のモーターの先に付けた縄跳びがクルクル回って、近くに置いた金物の筒に当たって、その筒を立てようとするんだけどまた倒れる、っていうのを演ったと思います。

──どちらのライブも何組かあって、みなさん楽器使って、歌って、終わって拍手ーってなってたんです。私はどの出演者の人たちも初めてで、何も考えず見てたら他の人たちは1曲目、2曲目と数えられるんだけど、船川さんはずっとその運動を続けてて(笑)
まぁ"時間"やし音楽やな…と思ってたんですけど、あれは始まりとか終わりとか決めてはったんですか?それとも時間決めてその間ずっとやる、ていうような形ですか?

船川:   1回目の笙とポップコーンの時は曲っぽいことを演ったと思います。2回目は出番が最初っていうのを聞いてから思いついたことをして、それが飽きたら止めようというのがありました。パフォーマンスする時はいつもイタズラっぽい事を考えるんですが、それに効果がありそうな事を1曲っていうまとまりの中でやるとなると、その時間内で集中力持たせなきゃいけないって考え方になるので、それよりかはいつ始まっていつ終わるかわからないようなことにしてサッとやってはける方がいいかなと思ったので…10秒だと短いけど、ある一定の集中力が切れるまでという感じで自分のタイミングを優先してやりました。

──そのタイミング、例えば飽きたとか、実際やってみたら思ったほど面白くなかったというような感覚的なものって普段から何か意識してやっていることはありますか?

船川:   パフォーマンスしてる時はできるだけ想像つかないことが起きたらいいなと思うので、その場で発明したりする瞬間があってその工夫ができたっ!て時がピークだったりするんですけどそれが過ぎると同じことの延長になるからもう止めようかな、と。

──それはこの間のライブに関わらず、パフォーマンスや美術の何かであってもそうですか?

船川:   そうですね、あまり区別してないです。最初にいろいろモノの構造をこうしたらまかり通るからこのままちゃんと作れば作品になるって考えるんですけど、途中で飽きてきて横道に逸れて違う発明ができた瞬間が嬉しいので…。

──飽きてきたら、「よっしゃーきたー、飽きてきたー」って感じかな。

船川:   (笑)そうですね。

──小さい時はどんな遊びをしてたんですか?

船川:   すごく記憶してるのは小学4年か5年の頃、図工の時間に河原で石を3つ拾って来てそれを描くという授業があって、家のすぐ近くの河原に行って気に入った3つを見つけて描いてその授業は終わったんですけど、僕はまだ面白くて毎日石を拾ってきて教室の後ろの棚に置いてランキングを付けたりして…

──ランキングって?好みの石のってこと?

船川:   そうです。最初の3つにもランキングがあったんですけど、毎日拾ってきて10個20個30個ってなって。5年生の時に転校するんですけどその時に1000個以上あって。で、全部持って帰ろうとランドセルに詰めてブルブル震えながら帰ってて、大きい橋があるところで「もうダメだ」と休もうと思ったらなんかの弾みでランドセルの底が抜けて、石が全部バラバラバラーって落ちていって橋の上にある程度は残ってたんですけどめちゃめちゃ気に入ってた石は全部川の中に落ちていって「うわぁぁぁぁ‼︎」ってなったんですけど、すごく清々しくなって。全部失ったぞーって。それが気持ちよかったっていうのが、昔の遊びの記憶です。

──面白いできごとですねぇ…。それは飽きずにかなり長い期間の遊びだったんですね。

船川:   飽きなかったですね。眺めて、順位付けて3位までのは引き出しに入れておいて、たまに見てまた引き出し閉めてってやってました。今思い出しても何が面白かったんかよくわからないですけど(笑)

──飽きなかったんですねぇ…(笑)

その感じって今やっていることで似ているなと思うことはありますか?

船川:   組み立ててダメになるというか、違う出来事になっていく瞬間が清々しいと思ったのはその出来事が最初で、その感覚が好きだと思った延長線上で今やっていることに繋がってるとは思います。

──ちょっと話が戻りますけど、ランドセルの底が抜けた時、「うわぁぁあああ!」ってなって、その後すぐ清々しいと思えたんですか?

船川:   一瞬パニックになりましたけど、きっと"橋の上"っていうのが良かったんですよ。橋を渡り終えた時に「ま、いっか」ってなったんです。なんか、「後戻りせんとこ」みたいな感じで。

──ドラマですね。いろんな状況が完璧に作用したんですね。ランドセルも、石も、橋も、下を流れる川も。その石を拾った川なんですよね?

船川:   そうです、そうです。

──すごいいい話ですね。

船川:   すごく気に入ってますね、その思い出は。

──随分、達観してる小学5年生ですね。

船川:   ですよね。それを清々しいとか。

──石集めてる時点でかなりそんな感じですけどね。

船川:   あぁ、そうなのかな。でも割と周りの友達もそういう遊びをしてたと思います。

──その石とこの石、交換してくれよ。とか?

船川:   石集めてるのは僕だけだったけど場所探して遊ぶところ作ったりとか、してましたね。

 
※1:「 笙は構造上、呼気によって内部が結露しやすくそのまま演奏し続けると、簧(した/リード)に水滴が付いて音高が狂い、やがて音そのものが出なくなる。そのため火鉢やコンロなどで演奏前や間に楽器を暖めることが必要である。」(Wikipediaより抜粋)
船川さんは笙を暖めながら、同じコンロの上にポップコーンも置いて演奏中に弾け出す、というのをやっていたのでした。

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〔2〕「藁の家が飛んでいって初の清々しい体験。からの…」 に続きます。


2016-04-12

和泉淳さん 〔4〕「そしてめぐりあいー」

ー中津に来られたのはいつでしたっけ。

淳:  えーっと2008年だから…8年前かな。

──どうですか?中津は

淳:  もぅ…あれですね、住み心地良いですね。面白い人いっぱいいるし(笑)楽しいです。

──ソーマすることになって中津に来られたんですか?

淳:  いえ、違います。先に住む所として来ました。でも今のソーマの場所を昔に見に来たことあるんですよ。その時は家とは別でアトリエを探してて、そこがいいかなと思ったんですけど、別の方が一歩違いで借りられて…。他にも中津で何軒かみたけどタイミングが合わなかったりで。それでしばらくして結婚して引っ越すってなった時にたまたまですけど、中津に越して来たんです。で今、ソーマで借りてる所を「ここ見にきたよなー」みたいに話してたら、ある日“空いてます”って貼り紙がしてあって「あー!」ってなって見せてもらって借りました。

──そうなんですね、その時はお店として借りられたんですか?

淳:  そうです。今の家は住居スペースはすごく狭いけど、アトリエスペースとして使える場所があるので…住んでる間にそういうタイミングもまた巡ってきて。

──場所が見つかるのって不思議な感じですよね。ほんと縁というか…それが今や人気のソーマですね。

淳:  うふふふ。ありがたいです。

──では最後に。ソーマの…えーとソーマの何聞こかな。イソタビューの締めに…(質問を考え中)    あ!タモリさん。これにしましょう。        淳さんはいつかタモリさんにソーマに来てほしいんですよね。ここでタモリさんに向けてメッセージを!これ読んで来てくれるかもしれませんよー。さぁ、思いの丈をどうぞ!

淳:  (笑)えー。でも多分タモリさんはスパイスカレー嫌いなんですよ…

──わぁぁぁ(笑)

淳:  でもソーマはもちろんカレーもずっとやりますけど2階はギャラリーになってたり、あと今年からは音楽レーベルも始めたので、カレーは今皆さんたくさん来てくださるようにはなったんですけど、これからはギャラリーとか音楽でも同じように頑張っていって、皆さんに愛されるようなものを作っていきたいです。

──はい。きっとそうなると思います。ありがとうございました!

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(和泉淳さん インタビュー   了)