2016-08-31

船川 翔司さん〔3〕「間違えてわからない いいおじいちゃん」

──何人かで一つのものを作るとか、自分の作品制作に人の手を借りることはありますか?

船川:  いくつかあります。わかりやすいのだと、絵描きの友人と特に美術には関わっていない友人と僕の3人でやったのがあります。3人の共通点は相撲好きということで、会うといつも相撲の話してるんですが、ある時朝までずっと相撲の話してて、でモーニング行って相撲の話して、5軒モーニングのハシゴしたんです。友人の家が新世界※2にあって昼過ぎてもずっとモーニングやってるんですよ。5軒目の頃には3時くらいになってて。その時に自分がずっとやりたかったこととか、3人でインドとか旅行したいって言ってたこととかが一緒になっていったんです。   僕が以前インドに行った時にクリケットの試合を観たんですけどルールが全くわからなくて。でもまぁ観てたんですがあまりにもわからないので、自分で勝手に作ったことに当てはめて、そういう事をしているって風に観ようと思ったら大喜利みたいですごく楽しかったんです。で、それを逆にしてある程度ポピュラーな相撲を全然よくわからないものにして、その間違った相撲をインドにしに行こうという事になったんです。で、その3人でインドの川辺の街に1ヶ月居て毎日2回相撲をとりつづけるということをしに行きました。

──間違った相撲の"間違った"はどんな風に間違ったんですか?

船川:  3人でどう間違えるかって話はしてたんですけど、あまり何も考えずに行って最初に土俵みたいなものを作ってたら、(地元の人が)「ここは牛の通り道だからこうした方がいい」とか、衣装も仰々しく歌舞伎みたいなのにしようと思ってたんですけど、(地元の人が)「腰の辺りに太陽の飾りを付けるのは失礼だからこうしろ」とか(地元の人が)「こうしろ」とか「こうしないとダメだ」とか「おまえたちの相撲なんだったら」みたいにどんどん口やかましく言ってきてくれるんでどんどん間違えていって…。

──わざわざ考えて間違えなくても勝手に間違えられた。

船川:  そうそう。最終的に3人ともケガしまくってて最後の1週間はほぼ尻相撲だったんですけど、その間に子供の土産物屋が「お土産売りたいねんけど…」って相談してくるから、「じゃぁ合間に売ったら?」みたいになってて。

──観客がいるわけですか?

船川:  そうです。毎日やってたら人が集まってくるようになってて、お土産売りたいとか、牛を連れて来たいとかいろんな人が出てきてそういうのも含めての"相撲"なってて。それもちゃんと広められたなぁって思ったのはあと5日で終わりくらいの時に夜散歩してたら街の青年たちが、相撲の真似してて、牛の通る道とかもじぶんで作ってやってて。「わ!やってはる」って。

──すごい!流行ってるかも!  それはずっと3人でやってたんですか?

船川:  最初は3人でやってたけどやりたいって人が出てくるようになって、「じゃぁ6人でやろっか」みたいなのもありました。

──6人で一気にとるの?

船川:  そうです。でもずっと人の股の下をくぐってる人とか、「この人何してんねんやろな」っていうことがしょっちゅうあるんですけど、なんとなく勝者が決まって祝詞みたいなのもあげてました。

──行く国で全然違う間違った相撲になりそう。

船川:  そうですよね。アフリカとか行きたいです。

──共通のわからなさをある程度共有している3人だと、そうやってどんどん膨らんで行きそうですね。でも例えば(制作を)手伝ってくれる学生とか全く知らない一般の人なんかに船川さんが自分の作品について説明しなくてはならない時なんかは、そういったわからなさをどんな風に伝えるんでしょうか?

船川:  うーん、どうだろ…ちょっとわからないけど、仲良くなるとか…

──「相撲でもとろかー」とか。

船川:   (笑)自分のやる事の場合は相手とある程度の時間が重なってないとやりにくいかなぁ。

──ことばで説明するのではなくて…どうすれば仲良くなれますか?

船川:  なるたけ同じ時間を過ごすとか…仲良くなれたなって思える瞬間がいろいろあると思うんですけど、お互いの恥ずかしいところを見せ合えたとか。でもどうだろう…(よく考えて長い沈黙)
この人はどういう病気持ってるのかなっていうのは見ながら思ってしゃべることは多いです。しぐさとか見て、こんな病気を持ってるんだと思って好きになってその病気をもっと見せてもらえるように働きかけるっていうか。

──病気って身体の病気?心臓が弱いとか。それともその人特有の偏りみたいなもののこと?

船川:  どっちもですね。

──そういうのは何から感じとれるの?しぐさって言ってたけど…

船川:  そんな気がするんです。僕が喘息もちなんでその喘息もち特有の面持ちというか趣きがあるような気がするんで。あと喘息もちの気分とかすごい面白い。同じ喘息もちの人と話してたりするとよくわからないけど通じる感じとか、そういうのがお互い見えると仲良くなれたっていうか、どこに根を張ってるのかわかると相手をちゃんと見れるようになって、引き出せるようになって…っていうのはあると思います。でもちゃんと伝えないといけない時とかどうだろう…

──そんな風にじっくり時間をかけることができない場合は、ある程度は言葉も必要だと思うんですが、船川さんならどんな言葉を使うんでしょう。当然そこで「あなた身体のどこ悪いんですか?」だと全く違うしねぇ…

船川:  (笑)(一緒に制作してもらう場合は)「あんまりキレイなものとか想像しないでください」とか「カタチになっているものとか想像しないでください」っていうようなことは言ったことがあるかもしれないです。さっきも話したように象徴付けるのが苦手でそういう向きにはいきたくないので、決まったカタチがあるようなものにはならないと前もって言って、スタートしていく時に何か面白い瞬間があれば教えてくださいとか、自分が相手に仕掛けたことに対してレスポンスがあればあぁこの人はこんな反応するんだなって思うとそこから組み立てていけるというような感じですかね。

──やっぱり、いいおじいちゃんだなぁ。

船川:  やっぱ、じいちゃんですか(笑)

──人と一緒に作るのは好きですか?

船川:  そうですね。最近まで好きだったんですけど、今はまた1人の方がいいなと思ってきてそっちが多くなってきてます。




2:  新世界は大阪市浪速区恵美須町に位置する繁華街。中央やや北寄りに通天閣が建ち南東部にジャンジャン横丁がある。

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〔4〕「自作自演観光地」に続きます。


https://m.youtube.com/watch?v=Qe_uHphs5MU

2016-08-18

船川 翔司さん〔2〕「藁の家が飛んでいって初の清々しい体験。からの…」

──美術に興味を持ったのはいつ頃なんですか?

船川:   もともと絵を描くのが好きで高校生の時美術部に入ったんですが、先生が面白くて仲良くなっていろんなことを教えてもらっているうちに、この体でやっていい事がたくさんあるんだなと思って。それで高校生の時も石を集めてたんですけど、その石を壁が埋まるまでずっと投げてそれをビデオで撮ったりしてました。あ、でも今思い出したんですけど、一番最初にした清々しい経験を…。
僕、九州の生まれで熊本に住んでた時、家の裏に藁がたくさん積んであって、記憶が曖昧なんですがずっと地平線の方まで藁ばっかりっていうような広大な所で、その藁でテレビとかテーブル作って友達と秘密基地を作ってたんです。よく台風が来るんですけど、そうなると半ノラの猫とか家の中に入れて窓とか板打ち付けて一日中台風過ぎるのを待つんです。で、過ぎて外出ると藁の基地が何にも無くなってるんですよね。それもすごく清々しいなーって思ってたっていうのを今思い出しました。幼稚園くらいの時かな。

──わー、無くなってる!ってガッカリするよりはスッキリ。

船川:   そうですね、おぉ、なんかすごいことになってる!みたいな。

──自分で作って自分で壊すんじゃなくて、何か別の出来事がやってきて無くなっていったというような。

船川:   そうそう、人を超えた何かすごいデカい力があるなって感じがあったのかもしれないです。

──たまたまそこにあっただけで、わざわざ壊れやすいもので作ったというのでもないもんね。

船川:   そうですね。壊したいわけでもないので。

──それを清々しいっていうのが、なかなか…おじいちゃんやね。

船川:   (笑)そうかもしんない。そのエピソードから考えたわけじゃないけど、何かする時に考えてることで、どこから始まったかよくわからないある出来事があって、そこに没頭していく感じが好きなんだと思う。一つの物語みたいに地続きに時間が流れていって結果こうなったからこれが大事なんだよってことより、バンっと何かが立ち上がってきてそれが大事って思う感覚の方が好きなんだと思います。

──じゃぁ、この間のライブでやってたのは、そういうことを全部自分で再現しているっていう感じもあるのかな。最初の状況もある程度自分で作って…

船川:   うんうん

──で、飽きて(笑)。そういう状況…環境…が自分の中でコンパクトに起こっていると。

船川:   そうなんだと思います。それがうまくいくと嬉しくて清々しくなるんだろうな。

──ミミヤマでのライブの時も5組くらい出演されてて、その中に船川さんがピョンといるとみんな、ポカーン  みたいな感じで。

船川:   はははは

──「へぇー…え?」ってなってましたね。で、何かすごく"わからない"をやってる人だなぁと思って見てました。私の中で"わからないをやっているよく知らない人"なのでぜひインタビューしたいと思った次第です。

船川:   すごいですね、それ。

──船川さんは自分の知らないとかわからない事に寛容ですか?

船川:   あ、うん、そうだと思います。

──今まで話してくださったエピソードから言うと、「なんでこうなってしまったんだー」というか原因について考えることはありますか?

船川:   もちろんあります。けど、あーどうかなぁ…あんまり考えないかな。(作品に関しては)ある程度わからなくなるような狙いも自分でつけてたりもするので、「よくわからんことになった!」って嬉しくなるかなぁ。

──その、わからなさとか偶然が起こるように、どのくらいというか何を作るんですか?

船川:   それはすごく単純なことで、象徴的なものが読み込めるような要素があれば、それは取り除いてモノだけがただありますよって状態でスタートすることです。

──象徴的というのは例えば…

船川:   (前回のライブだと)あるものを立てようとしているけど、それが別のものによって壊され続けて立ちませんってなると、なんとなくそういう象徴的なものを思い浮かべるかも知れないけど、ただ回ってるものと丸い筒とか薄い板がある状態をそのまま伝えるために、なるたけそういうことを読み込めないようにしようとします。

──モノがそれぞれ何かを思い起こさせるのではなくて、モーターはモーターで仕事してる様子を淡々と見せるというような。モーターの先に何か付けてありましたよね。

船川:   家で試してたんですけど、モーターの先にこれくらいの重さのものを付けたらヘンな動きするなってわかって。で、適当な重さのものを付けてたんです。

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〔3〕「間違えてわからない いいおじいちゃん 」に続きます。


2016-08-10

船川 翔司さん〔1〕「石とランドセルと橋で清々しい」

船川翔司  
1987年鹿児島種子島生まれ、大阪在住。展示やパフォーマンスを中心に活動中。淀川河岸の故赤川仮橋を弔う『場所』や『インドで間違った相撲を広める』など。2016年には元製菓工場の山本製菓を巡る『Poetry Humming』開催。

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イソタビュー3回目は私のあまりよく知らない人にしてみようと思っていました。「あまりよく知らない人」などどれだけほどいるでしょうか…。でも、そう思ったとき船川さんを思い出して偶然にもミミヤマにふらっと遊びに来てくれました。あまりよく知らない人にイソタビュー初級編です。写真は全て船川さん提供です。

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──船川さんとお会いしたのは、ミミヤマミシンで2014年と15年にナランチャさんゴミ箱ベーシストの企画したライブに出演されていたのが最初でした。最初のライブでは笙を演奏しながらポップコーンを作るというのでしたね。1で、去年はえーっと何か回ってましたね。

船川:   外で救急車のサイレンを鳴らしながら、扇風機のモーターの先に付けた縄跳びがクルクル回って、近くに置いた金物の筒に当たって、その筒を立てようとするんだけどまた倒れる、っていうのを演ったと思います。

──どちらのライブも何組かあって、みなさん楽器使って、歌って、終わって拍手ーってなってたんです。私はどの出演者の人たちも初めてで、何も考えず見てたら他の人たちは1曲目、2曲目と数えられるんだけど、船川さんはずっとその運動を続けてて(笑
まぁ"時間"やし音楽やな…と思ってたんですけど、あれは始まりとか終わりとか決めてはったんですか?それとも時間決めてその間ずっとやる、ていうような形ですか?

船川:   1回目の笙とポップコーンの時は曲っぽいことを演ったと思います。2回目は出番が最初っていうのを聞いてから思いついたことをして、それが飽きたら止めようというのがありました。パフォーマンスする時はいつもイタズラっぽい事を考えるんですが、それに効果がありそうな事を1曲っていうまとまりの中でやるとなると、その時間内で集中力持たせなきゃいけないって考え方になるので、それよりかはいつ始まっていつ終わるかわからないようなことにしてサッとやってはける方がいいかなと思ったので…10秒だと短いけど、ある一定の集中力が切れるまでという感じで自分のタイミングを優先してやりました。

──そのタイミング、例えば飽きたとか、実際やってみたら思ったほど面白くなかったというような感覚的なものって普段から何か意識してやっていることはありますか?

船川:   パフォーマンスしてる時はできるだけ想像つかないことが起きたらいいなと思うので、その場で発明したりする瞬間があってその工夫ができたっ!て時がピークだったりするんですけどそれが過ぎると同じことの延長になるからもう止めようかな、と。

──それはこの間のライブに関わらず、パフォーマンスや美術の何かであってもそうですか?

船川:   そうですね、あまり区別してないです。最初にいろいろモノの構造をこうしたらまかり通るからこのままちゃんと作れば作品になるって考えるんですけど、途中で飽きてきて横道に逸れて違う発明ができた瞬間が嬉しいので…。

──飽きてきたら、「よっしゃーきたー、飽きてきたー」って感じかな。

船川:   (笑そうですね。

──小さい時はどんな遊びをしてたんですか?

船川:   すごく記憶してるのは小学4年か5年の頃、図工の時間に河原で石を3つ拾って来てそれを描くという授業があって、家のすぐ近くの河原に行って気に入った3つを見つけて描いてその授業は終わったんですけど、僕はまだ面白くて毎日石を拾ってきて教室の後ろの棚に置いてランキングを付けたりして…

──ランキングって?好みの石のってこと?

船川:   そうです。最初の3つにもランキングがあったんですけど、毎日拾ってきて10個20個30個ってなって。5年生の時に転校するんですけどその時に1000個以上あって。で、全部持って帰ろうとランドセルに詰めてブルブル震えながら帰ってて、大きい橋があるところで「もうダメだ」と休もうと思ったらなんかの弾みでランドセルの底が抜けて、石が全部バラバラバラーって落ちていって橋の上にある程度は残ってたんですけどめちゃめちゃ気に入ってた石は全部川の中に落ちていって「うわぁぁぁぁ‼︎」ってなったんですけど、すごく清々しくなって。全部失ったぞーって。それが気持ちよかったっていうのが、昔の遊びの記憶です。

──面白いできごとですねぇ…。それは飽きずにかなり長い期間の遊びだったんですね。

船川:   飽きなかったですね。眺めて、順位付けて3位までのは引き出しに入れておいて、たまに見てまた引き出し閉めてってやってました。今思い出しても何が面白かったんかよくわからないですけど(笑

──飽きなかったんですねぇ…(笑

その感じって今やっていることで似ているなと思うことはありますか?

船川:   組み立ててダメになるというか、違う出来事になっていく瞬間が清々しいと思ったのはその出来事が最初で、その感覚が好きだと思った延長線上で今やっていることに繋がってるとは思います。

──ちょっと話が戻りますけど、ランドセルの底が抜けた時、「うわぁぁあああ!」ってなって、その後すぐ清々しいと思えたんですか?

船川:   一瞬パニックになりましたけど、きっと"橋の上"っていうのが良かったんですよ。橋を渡り終えた時に「ま、いっか」ってなったんです。なんか、「後戻りせんとこ」みたいな感じで。

──ドラマですね。いろんな状況が完璧に作用したんですね。ランドセルも、石も、橋も、下を流れる川も。その石を拾った川なんですよね?

船川:   そうです、そうです。

──すごいいい話ですね。

船川:   すごく気に入ってますね、その思い出は。

──随分、達観してる小学5年生ですね。

船川:   ですよね。それを清々しいとか。

──石集めてる時点でかなりそんな感じですけどね。

船川:   あぁ、そうなのかな。でも割と周りの友達もそういう遊びをしてたと思います。

──その石とこの石、交換してくれよ。とか?

船川:   石集めてるのは僕だけだったけど場所探して遊ぶところ作ったりとか、してましたね。

 
1:「 笙は構造上、呼気によって内部が結露しやすくそのまま演奏し続けると、簧した/リードに水滴が付いて音高が狂い、やがて音そのものが出なくなる。そのため火鉢やコンロなどで演奏前や間に楽器を暖めることが必要である。」Wikipediaより抜粋
船川さんは笙を暖めながら、同じコンロの上にポップコーンも置いて演奏中に弾け出す、というのをやっていたのでした。

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〔2〕「藁の家が飛んでいって初の清々しい体験。からの…」 に続きます。